皆さんこんにちは。石黒敬章です。古写真を集めるのを趣味としております。
 色々集めてますと、こんな写真がありました。丸ぽちゃ顔で笑ってます。私はこの人を笑子ちゃんて名付けました。最近名前がわかりまして、時松っていうのが実際の名前だった、本当の名前というか源氏名だったんですが、今日は笑子ちゃんで通します。
 色々写真を集めてますと、幕末や明治の写真というのは笑った写真が非常に少ないことがわかります。こういう「明治の肖像写真」(*1)というのを出しましたけども、この中をご覧になっても、笑顔の写真はほとんどありません。一枚もないです。

 私のところにある笑顔の写真といっても、上野彦馬が写しましたこうした芸者のちょっと微笑んでいる写真ですとか、大阪の町人が写って、ちょっとニタッと笑っているようなこんな写真しかないんです。有名な写真でも、大坂屋与兵衛が写しました中岡慎太郎の笑顔の写真ですとか、横山松三郎が実験用に自分で笑顔で自画像を撮った写真くらいしか残されておりません。
 どうして笑った写真がないのかなあっていう理由を考えてみました。まず、感光度が低くて、じっとして笑ってはいられなかったっていうのがひとつの理由です。写真館に行きますと、首押さえをされまして、がっちり固められまして、写真師の人が「お動きになりませぬように」なんて言うもんですから、とても笑っちゃいられなかったんですね。

 写真というのは公のものであり、今私達が撮るように私的なものじゃなかったはずなんです。今になってもパスポートですとか、免許証だとかいう公の写真というのはほとんど皆さん笑ってないと思います。私も免許の書き換えで、この前警察へ行って来たんですけども、「笑ってもいいですか?」ってちょっとニヤッとしたら、「笑わない方がいいな!」って言われて、私の免許証もやっぱりむっつり笑っておりません。当時はチーズがなかったから「チーズ」って言って写真師が笑わせることができなかったかなと思ったんですが、それは私のいい加減な出任せですから信じないようにしてお願い致します。

 笑いの専門家であります春風亭柳昇師匠に以前訊いたことがあるんですが、「どうして幕末明治の写真は笑った写真がないんですかねえ」って言いましたら師匠は「そうだねぇ、儒教のせいかねぇ」って言われたんですね。帰って調べますと“武士は三年に片頬”なんていいまして、そういう儒教の教えがあったようで、「武士は三年に一回しか笑っちゃいけないよ、笑うときは、しかも片っ方の頬だけで笑いなさい。」やっぱり笑顔っていうのは卑しまれた気がしますね。ですから、写真館へ行くと笑わなかったんだ、というような事もあります。

 そういった笑顔のない時に、一際輝いているのがこの笑子ちゃんだったんです。この笑子ちゃんは横浜写真ですが、販売された写真です。それまで、自分用でたまたま笑った笑顔はあったんだと思いますけれども、この笑子ちゃんは広く世界に売られて、みんなが目にした写真です。明治の三十年代になって絵葉書が全盛になってきますが、そうした中でも笑子ちゃんはまだ生き残っておりまして、いっぱい、絵葉書でも登場しております。しかも全部の写真が笑顔です。

 この笑顔の笑子ちゃんのお陰で、これを見た人が「笑って写真を撮ってもおかしくないんだなぁ」と思って笑顔の写真を撮るようになったんだと私は思っております。今生きていれば、ゆうもあ大賞(*2)さえあげてもいいなあというのが笑子ちゃんです。こういう笑子ちゃんの写真一枚から色々なことが想像できるのが古写真の面白さだと思います。



<注釈>
*1... 石黒敬章著「幕末明治の肖像写真」(角川学芸出版、2009年)
*2...石黒敬章氏が常任理事を務める「ゆうもあ・くらぶ」が、明るいユーモアで世間を楽しませた人々に授与する賞。